裁判員制度が開始しました。最初の裁判員裁判(正式な用語ではないかもしれません)は、近所づきあいのごたごたから殺人に至った事件でした。

今回気になったのは、検察側は望ましい刑罰を提示するのに対し、弁護側は提示しない点です。心理学では、アンカーリングという認知バイアスが良く知られています。検察側が出した数字が、無意識のうちに基準となってしまう(検察側の判断に引っ張られてしまう)可能性があります。おそらく、プロの裁判官は、影響されずに裁くことができるでしょう。しかし、裁判員は影響される可能性があります。

アンカーリングの影響を減らすためには、弁護側も、望ましい刑罰を提示したほうがいいと思います。容疑自体を否認する場合は無罪でしょう。今回のように、犯行そのものを認めている場合は、情状酌量も考慮した刑期を提示すれば良いと思います。

また、遺族に関しては、量刑に燗する発言を禁じるべきでしょう。感情だけで、法律の範囲を越える主張をすることも考えれられます。(「飲酒運転は殺人に等しい、死刑だ」と訴えても、業務上過失致死あるいは危険運転致死で死刑にすることはできません。) 法律上不可能な量刑主張でも、アンカーリング効果があるかもしれません。そのことによって、量刑が左右されるのは好ましくありません。

裁判員が、被害者の家族の意見を聴き、熟慮の末、被害者の立場重視の裁定をすることは構いません。それは裁判員制度の狙いと合致していると思います。だからこそ、無意識のうちに影響するかもしれないような方法は避けるべきでしょう。

注: 題材にした裁判の量刑の是非については、今回の趣旨ではありません。裁判を傍聴していない者としては、判断しようがないのでご了承ください。